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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2275号 判決

控訴人 中島実

被控訴人 東京昼夜信用組合

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金二十二万九千二百二十七円及びこれに対する昭和二十九年十二月一日から右完済まで年五分一厘の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、仮に、被控訴人に対する控訴人の本件定期貯金払戻請求が理由がないときは、控訴人は被控訴人に対し、その使用人酒井勝美及び青木敏が控訴人に加えた前記金額に相当する損害の賠償を請求する。即ち、(一)昭和二十九年六月頃被控訴組合理事酒井勝美は同組合高田馬場支店長名義を以て梶井一雄が被控訴組合に対して有する本件定期貯金債権につき質権を設定することを承認する旨の書面(甲第二号証)を発行し、(二)同年七月頃被控訴組合の高田馬場支店業務処理担当者青木敏は控訴人に対し梶井一雄の右質権設定手続には間違はなくその質権設定は有効である旨を告げた。控訴人はこれにより右債権設定が有効であると信用し、その結果控訴人は安藤元雄に対し石炭の売却を承諾した。しかるにその売却代金中前記金額に相当する金額は回収不能となり、控訴人は同額の損害を被つたが、右損害は酒井勝美及び青木敏がその業務執行につき控訴人に加えたものに外ならないから被控訴人に対しこれが賠償を求める。なお、控訴人は安藤元雄から売掛代金の一部弁済を受けたから本訴請求金額を上記金額に減縮すると述べ、被控訴代理人は控訴人の右損害賠償請求に関する主張事実を否認すると述べた外、原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

成立に争のない甲第一号証、原審並に当審における控訴人本人の供述(一部)、同供述により成立を認めうる甲第六乃至第十号証によれば、控訴人が昭和二十九年中安藤元雄に対し金五十万九千二百二十七円に相当する石炭を売渡したこと、及び梶井一雄が同年六月二十五日控訴人に対し、右代金債務中金五十万円の限度について担保のため、同人が被控訴人に対し有していた金額五十万円、期間六箇月、起算日同年六月一日、支払期日同年十一月三十日、利息年五分一厘の定期貯金債権に質権を設定することを約し、右定期貯金証書(甲第一号証)を控訴人に交付したことが認められる。よつて控訴人は被控訴人に対し右質権の設定を主張しうるや否やにつき案ずるに、控訴人は先ず梶井一雄において右債権設定につき被控訴人の承諾をえたと主張し、上記甲第一号証、控訴人本人の供述(一部)によれば、控訴人は梶井一雄から右定期貯金証書と共に宏和信用組合(被控訴組合の旧名称)支店長酒井勝美作成名義の質権設定承認書(甲第二号証)を受領したこと、及び右質権設定承認書には他へ質権設定を承認する旨の記載が存することを認めることができる。

しかしながら右記載を以つては原判決理由の説明のように被控訴人において梶井一雄が控訴人のために右定期貯金債権につき質権を設定することを具体的に承諾した趣旨の表示とは直に解し難いばかりでなく、原審における被控訴組合代表者伴道義の供述によれば、酒井勝美は被控訴組合または組合長等からこれ等に代り右質権設定を承諾する権限を与えられていなかつたことが認められるから梶井一雄に対し右質権設定承認書表示以上の代理権限を有するものとは解するをえない。従て右質権設定承認書によつては梶井一雄が被控訴人から右質権設定の承諾をえたものとは認めえないし、他にこの事実を認めしめるに足る証拠はない。また、控訴人は仮に、酒井勝美が被控訴組合または組合長等からこれ等に代り質権設定を承諾する権限を有していなかつたとするも、控訴人は前記質権設定承認書により、酒井勝美に権限ありと信ずる正当の事由を有していたと主張するが、前段説示により明かな如く右質権設定承認書の記載によつては具体的に控訴人のため質権の設定を承諾した趣旨の表示とは解し難きのみならず、本件定期貯金証書には、その裏面に「この貯金は、組合員の承認がなければ他人に譲渡又は質入することはできません」と印刷明記されており、この記載の趣旨については、原判決の理由において説示するように、被控訴組合のような庶民金融機関においては、預金は同時に借受金の担保となる場合が多く、従て、預金債務の譲渡、質入を承認するには見返りの貸金状況を調査する等の必要上、右承諾に関する事務を本店組合長の下に統一し、その名においてのみ承諾し代理名義による承諾を認めず、これをなすことがない旨を明にしたものであることが考えられるので、仮に、控訴人が前記質権設定書の記載丈によつて、被控訴組合から適法な承認があつたものと信じたとしても、かく信ずるにつき正当の事由があつたものとは認め難い。

次に控訴人は自ら被控訴人に対し右質権設定を通知し、同時に権限ある被控訴人の使用人からその承諾をえたと主張するを以て案ずるに、質権設定の通知は質権設定者から第三債務者に対しなさなければその対抗要件を満しえないことは原判決理由説明のとおりである。而して成立に争のない甲第五号証、前示控訴人本人の供述(一部)によれば、控訴人が昭和二十九年七月中被控訴組合本店において高田馬場支店業務の処理担当者青木敏に対し前示質権設定の承認を求めたことを認めうるけれども、その際青木敏において右質権設定を承認し、その設定の有効であることを確認したことは、これに符合する右控訴人本人の供述は、前示被控訴組合代表者伴道義の供述と対比し措信し難く、他にこの事実を認めるに足る証拠はない。却て右伴道義の供述によれば、右承認を拒絶したことが認められる。従て青木敏の右に関する権限につき判断を加えるまでもなく控訴人は右質権設定につき被控訴人の承認をうるに至らなかつたものと認めざるをえない。

以上の事実によれば、控訴人は右質権につき被控訴人に対抗しうる要件を欠きこれを主張するをえないことが明であるから、被控訴人に対する右質権にもとずく控訴人の請求は理由がない。

よつて控訴人の損害賠償の請求につき案ずるに、酒井勝美が被控訴組合支店長名義を以て質権設定承認書を発行したこと、青木敏が右支店業務処理担当者であつたことは前示認定のとおりであつて、酒井勝美が昭和二十九年六月頃被控訴組合の理事であつたことは成立に争のない甲第十一号証により明である。しかるに青木敏が控訴人の前示質権設定承認の申出を拒絶したことは上記認定のとおりであるが、仮に控訴人が右質権設定承認書により梶井一雄の前示定期貯金債権につき有効に質権が設定せられたものと信じ、その結果安藤元雄に石炭を売却したとしても、右売買代金につきその回収が不能となり、控訴人においてその請求金額に相当する損害を被つたことについては控訴人提出、援用の証拠によつてはこれを認めえないし、他にこれを認めしめるに足る証拠はない。従つて、右損害を被つたことを前提とする、控訴人の賠償請求もまた理由がない。しからば控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れないからこれと同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)

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